ハエからヒト脳を探る―発達・学習・記憶と障害の革新脳科学の創成―

金沢大学大学院医学系研究科 脳細胞遺伝子学研究分野 東田陽博

 

16年度COE研究課題に採択された「発達・学習・記憶と障害の革新脳科学の創成」とはどのような研究ですか?
 一言でいうと、金沢大学が蓄えてきた脳科学と障害児教育研究の実績をいま一つにして、教育現場で生じ社会問題化している(自閉症、アスペルガー症候群、多動症、学習障害等の)発達障害児の脳機能障害に真正面から取り組み、原因解明と脳の発育支援プロトコールの提示をするという明確な目的をもった研究です。「心の発達、学習、記憶とそれらの障害」を分子レベルの変化として解明する研究は、21世紀の最重要課題のひとつです。今私たちは、全く新しい視点で、脳機能障害や記憶解読に必要な「言葉(分子)」研究に取り組める希望がみえてきた様に思っています。

 

どのような特徴を持つのですか?

(1)本COE拠点は、ここ数年で飛躍的に進歩した低分子RNA技術による発達・学習・記憶関連遺伝子の包括的探索、神経ネットワーク形成と可塑性の新たな分子機構の究明、非侵襲的計測機器の小型・ポータブル化による自由行動下での脳神経活動測定と動物への応用、幼児学童の発達・学習・記憶と臨床的な障害の機序の解明などを目的とする。分子・細胞レベルから哺乳動物、さらには人間個体にまで及ぶ機能や挙動をユニークな架橋型研究として推進しようとしています。

(2)革新脳研究領域を創成するため、本学大学院の医学系研究科、自然科学研究科、社会環境科学研究科を跨いだフロンティア科学研究機構をもうけました。それは、理系・文系の研究グループから成る全学研究体制です。

(3)異なる領域を架橋・融合した研究の推進とそれを担う若手研究者の育成に重点を置きます。そのために、本学で既に堅牢な基盤を持って先駆的な研究を展開している担当者に加え、学長裁量による重点化定員をもって拠点形成に必要な研究者を学外から補強しました。具体的には、神経発生のゲノム解析、神経可塑性分子細胞機能解析、及び非侵襲脳機能計測装置の開発のために3〜4名の研究者の補充を計画しています。神経発生のゲノム解析、神経可塑性分子細胞機能解析については、既に中核を担う研究者を招聘済みであり、アスペルガー症候群の臨床研究の第一人者も客員教授として本プログラムに参加してもらっています。

(4)若手研究者の流動的な配置と大学院生に対する競争的謝金と外国短期研修制度、異なる研究領域を跨ぐ研究教育プログラムの提供によって、架橋型新領域の若手研究者育成を競争的環境で進め、世界最高水準の研究を促進するつもりです。

 

どこが革新的なのですか?
  RNAiはScience誌の”Breakthrough of the Year 2002”のNo.1に選ばれた技術です。東田らは、その新機能を利用したショウジョウバエの発達・記憶・学習関連遺伝子の包括的探索を(遺伝子暗号を解明したノーベル賞学者の)ニーレンバーグ博士と共同で行っています。既に遺伝病関連の既知及び新規遺伝子を数多く単離するなどの成果を挙げています(Proc. Natl. Acad. In press)。
  記憶はシナプスの働きの変化として貯えられる(シナプス可塑性)と広く考えられており、狩野らの過剰なシナプス除去の研究は高く評価され、脳の神経回路発達の基本原理に迫るものとして期待されており、また、内因性のマリファナ類似物質による逆行性シナプス伝達は、学習・記憶研究の新展開として世界的に注目されています。
  また、学際センターの(COEメンバーの)浅野らはこれまでに約40個の遺伝子改変マウスを作成するなど世界有数の実績があり、本拠点研究の中核となるモデルマウスの効率的な作成と形質解析への展開と、貴重な生物資源開発による脳科学への多大な貢献が期待されます。このような先端研究の集合としての革新性と、発達障害解明へのこれらの先端研究の有機的つながりを持って、革新的と考えています。

 

非侵襲脳機能測定による研究の意味するところは?
  非侵襲脳機能計測機器の開発は、認知行動など人文社会領域の研究成果を脳高次構造の変化として理解できる可能性をすでに提供しています。殊に日本で独自に開発された光トポグラフィーは、軽量で被験者を拘束しない利点があり、小型化とポータブル化は、幼児児童の脳活動計測や小動物での適用を視野に入れることで応用範囲が飛躍的に広まることが期待されています。脳機能計測のプラットフォームとしての重要性は、アメリカNIHの生体イメージング・生体工学研究所の設立も明らかです。

 

非侵襲的脳機能測定の特徴は?
  脳の発達に障害を持つ、発達障害児を脳科学的に研究していくことはほとんど行われてこなかったと言えます。その最大の理由は、脳の機能を非襲的に観察できる方法として、「脳波計測」以外に有効な手段が長年なかったからです。最近、非侵襲的脳機能測定法が急速に進歩してきました。その多くは巨大な装置で拘束して測定するので、発達障害児に応用することが困難でした。血中のヘモグロビンの酸化率が増加する変化(bool oxgenation level dependent, BOLD)信号をとらえる方法で、近赤外線スペクトロスコープ (NIRS) が開発されました。頭蓋外から脳表面側の局所ヘモグロビンの濃度が直接計測できる方法(光トポグラフィー等)が実用化されました。場所を選ばずに簡便に測定することが出来るすぐれた装置である。被観察者はもちろん非拘束下で、新生(生誕後2,3時間の)児の脳まで測定可能と言われています。そこで今回、我々はこの脳機能測定が、こういった障害を持つ子供の脳機能を知ることができるだけでなく、発達支援や療育効果判定等に大きい意味を持つことに気づき本研究を計画しています。金沢大学には長年の障害児教育研究で蓄積した膨大なデーターがあり、それらの関連において、発達障害解明につなげるつもりです。
(尚、詳細は http://web.kanazawa-u.ac.jp/~med63/)を参照下さい。